6、2代目としての期待、新規事業立ち上げ

結局、既存のお客さんを分けてもらい営業をし、まぁ新規先の切り込み方も学び、少しマシになった28才くらいの時です。

社長である父親の会社は当時8億円くらいの売上で、利益余剰金1億円あったそうですが、父親のある方策ミスで一気に赤字に転落しました。

1億あった余剰金も1年で無くなったみたいで、不穏な空気が漂うようになりました。

元々、販売方針は売上売上!薄利でも多売!という勢いの会社でした。

売上構成も地元大手がメインでしたので、当然他社との競争も激しく、獲得競争が常に絶えない日常の会社でしたね。

売上額も大きいので一旦売上が凹むとマイナスの変動も大きい。そして輪をかけ薄利ですので、そのスピードは脅威的だったのではと、思います。

でも、父という社長はポリシー(よく美学だと言ってましたが。)が強く、引きません。

無い袖を振ります。

生活力を下げることはみっともないからしません。

この当時の私は平社員でした。

そして、役員会議があり、今後は工務店の受注ばかり当てにしていても将来性はないから新しい事業を作ろうという議題が7人ほどの役員で

決まったらしく、その時初めて、

「BtoC」で、エクステリア事業部立上げ決定。

新規事業の担当者はやはり「後継者だ」となり、「息子」に選任しようと決定。

その時私は29才で、店長という肩書で「顧客0」からエクステリア事業~外構工事業へと発展していきます。

これは意外と自分に合っていたのか、商圏、集客、広告、HPを使うことの統計や確率で勝負することへの楽しみを覚えていくことになります。

BtoCの悩みは「集客」でしょうが、統計、確率などの勝負が好きな自分はそれほど困らず、「BtoCは勝負が早いなぁ。」と少しづつ業績を

作り上げることに成功します。

が、お伝えした通り、この時自分がまだ「社員さんとの関係、見え方」のことなど気にもしていなかった。

そして、当然、「後継者」としての自覚が足らなかったと自分でもはっきり言えます。

事業立ち上げでまだまだ余裕がなかったのもありますが、でもここから会社の生末、自分の崩壊、孤立、暗闇へ少しづつ入り始めたと思います。

 

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