10、ホームレスから起業!創業資金19,600円(‘Д’)

2013年11月中頃、冬が早めにやってきたみたいで、夜は寒く、でも別居を選んだ自分は車生活を送ってました。

住み家を公園の駐車場としました。

トイレあるし、水もあるし、静かだし。

ビジネスに洗脳された嫁と色々あって「家も家財もすべてお前にやる!」と言って啖呵を切って出てきてしまったので仕方ない。

当時、持って出たのは、作業服、下着2着づつくらいだったかなぁ。

夜、公園で、本気で他に勤めにいくか起業をどうするかを悩んでました。

子供たちには生活費が必要なのでそれはどうにかしないと格好がつかないでしょ?

そして、財布を明けた中身の金額は、

「19,600円・・・(‘Д’)」

でした。

そう・・・創業資金は19,600円です。

起業をしようか悩んでいる方、「2万円」あれば起業できます!

弊社の従業員にもそれを言います。

「小遣い3万あるんやろ?なら独立できるって~。」

まぁ誰もしませんけどね。

起業資金19,600円で成功していける確率って何%なんですか?

今でもたまに思いますけどやっばいですよね。

もう二度とこんな賭けはしたくないなと。

言われなくても「うそーん」て自分の財布に突っ込みましたよね。

すぐさま採用情報のフリーペーパーをコンビニに取りに行ったんです。

ハウスメーカー、地場工務店「2級建築士優遇」

勤めは即、あきらめました。

雇われても給料はどうせ次月だし。間に合わないし。

結局車に帰って、現状を整理しました。

19,600円の使い道・・・。

すぐ結論でましたよ。

「やっぱり起業しよう!」

月末までに自分の携帯やら仕送りやらを払わなければ終了する。

考えましたよ。必死で。

寂しい、侘しい、切ない気持ちも当然あったけど、なんせ車は寒いし、あまり熟睡できないかったけど・・・

でも、でもやるしかない!

上には上がいる。

でも下には下がいる。

自分は底辺の底辺でもう俺より下はいない!と。

初めは通帳の作り方も分からず、見積をするパソコンも、プリンターでさえもない。

仕事があっても仕事にならない。

ましてや家無し。

なのに初めになぜか100円ショップで印鑑を買いました。

そして次に通帳を作りにいき、100円入れたので残り19,400円。

結構、独立した人って順番を間違うもんです。

金も無いのに通帳を作っておこうと、一応社名を考え、〇〇代表 福田雅信って言っても個人事業主は通帳名義も個人名に過ぎないんですね。

そして金が無いから、公園で頭を洗ったり、寂しくて散歩したり、おにぎり2個買うか、銭湯いくかで財布と相談したりしながら

「明日から飛び込み訪問や!先に進もう!!」

まずは住まいとパソコン、プリンターを揃えられるように頑張ろう。

考えました。お金ないから。

ガソリンを入れれる回数、燃費、食費(風呂は入らないと決めました)寒いけど車の暖房は節約しながら。

そして何件も訪問して・・・受注、見積、相談とも0件でした。

そりゃそうです。

「無名」

なのですから。

無名なのでを理由に名刺を作るお金も後回し、大手メーカーから気づけば「無名」。

考えてみれば、

「大手メーカー→メーカー代理店→新規事業→個人事業」

とドンドン規模が小さくなり、知名度が無くなって、自力感が増していく人生だったようです。

教えてくれる人が全然いない。

無名なのに名刺を持たずに「無名」なのに訪問する図太さは備わってたんですね。

でも甘えるところなんてない。

考える。

あきらめない。

両親や身内から縁が切れてしまったのか切られてしまったのかでお互い連絡は気づけば6年以上とってません。

お金が無くても親しい人には頼りたくない。

でももう甘えない。

身内は頼れない。

「元次期2代目から創業者」になりました。

いや、なってしまいました。

人間性まで変わっていったくらい自立心でいっぱいでしたね。

それでなくても人間て多少なりとも周囲に甘える部分てあるじゃないですか。

自分は一切捨てました。

というか甘えるとか甘えないとかも考える余地がなかった。

自分は社長に向いていないんじゃないかと不安な方、私は元々社長する予定がないところに急遽することになったんですよ。

結局仲の良かったOBのお客様に訪問したり、身近なところから救いのお仕事を経て、無事支払いをし、レオ〇レスへ。

12月11日入居・・・今でも覚えてます。

賃貸の暖かさを・・・お風呂があり、トイレがあり、やっと洗濯ができることの喜びを。

一枚だけ布団を敷けて一人で子供の声が聞こえない家で寝る寂しさを。

世間で何にも信用がなく誰にも相手にされてないこれからの不安も。

「父の信用」で「2代目だから」ってことで世間が付き合ってくれてたことの現実にも気づきました。

もう後悔しても仕方がない。

底辺を自覚しました。

後戻りはしないことを覚悟し、決意しました。

そして、底辺の自分は新居の喜びと侘しさとこれからの不安で複雑な夜をしばらく送ることになります。

 

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